fujinosekaic’s 世界史授業備忘録

世界史教員生活30年記念

■

十字軍板書ノート

授業の設計思想 

歴史を年号ではなく「Geo(地理)→交流→経済→政治」の流れで理解させる。十字軍はその具体例として扱う。 

板書の中心 J 

JはJerusalem(エルサレム)。キリスト教・ユダヤ教・イスラームの聖地であり十字軍の目的地。 

A→P→T 

A=Arab、P=Persian、T=Turk。イスラーム世界の担い手の変化を示す。アラブが創始し、ペルシアが文明を支え、トルコが軍事と政治の主導権を握る。 

Tと馬 

トルコ人の背景にある突厥・騎馬遊牧民世界を表現。馬上から弓を射る機動力が十字軍騎士との大きな違い。 

1234回十字軍 

第1回から第4回までを一つの流れとして理解させる記号。1回成功、3回はオールスター遠征、4回は東ローマ帝国攻撃という変質を象徴する。 

V=Venice 

ヴェネツィアは十字軍輸送や交易で利益を得た。第4回十字軍では利益集団の象徴として扱う。 

利益の行方 

東方の知識・技術・香辛料・金融がヨーロッパへ流入し、フィレンツェやルネサンスへつながる。 

源平比較 

世界史の本筋ではなく、騎士の集団突撃と日本武士の戦闘形態の違いを動画で比較するための補助教材。 

定着用フック 

ゴルゴダの丘→ウルトラセブン、ジハード→ジェラート、ヴェネツィアだけに水に流す?など、記憶の検索タグを意図的に埋設。 

授業の結論 

十字軍は宗教戦争であると同時に交流史である。多くの犠牲者を生んだが、結果として富・知識・技術が移動し、ヨーロッパの発展に繋がった。 

雑談から生まれた重要論点 

  • サラディンと第3回十字軍 

  • 赤髭王の最期 

  • 第4回十字軍の略奪と戦利品 

  • サン・マルコ寺院の四頭立て馬 

  • 騎士は勝てなかったが商人は勝った 

  • イスラーム世界をアラブだけで捉えない 

まとめると

授業の中心テーマ 
Geo(地理)→交流→経済→政治 という視点から十字軍を理解する。 

  • J=Jerusalem(エルサレム)。十字軍の中心。 

  • A→P→T=Arab→Persian→Turk。イスラーム世界の主導勢力の変化。 

  • Tの上の馬は騎馬遊牧民・突厥系トルコ人を象徴。 

  • 十字軍1234回は流れとして把握。特に第4回は東ローマ帝国を攻撃。 

  • V=Venice(ヴェネツィア)。十字軍で大きな利益を獲得。 

  • 利益はイタリア都市へ流れ、フィレンツェやルネサンスにつながる。 

  • 十字軍は軍事的成功よりも東西交流の歴史的意義が大きい。 

  • イスラーム世界はアラブ人だけでなく、ペルシア人の知的役割とトルコ人の軍事的役割で支えられた。 

  • 騎士の重装突撃と、トルコ系騎馬弓兵の機動戦を比較する。 

  • 日本史では源平合戦を比較材料として利用し、戦闘形態の違いに注目する。 

授業で使った記憶フック 

  • ゴルゴダの丘→ウルトラセブン 

  • ジハード→ジェラート 

  • ヴェネツィアだけに水に流す? 

  • 1192→鎌倉幕府の象徴的暗記 

授業の結論 

十字軍は宗教戦争であると同時に、交易・利益・知識・技術の移動を伴う大規模な交流であった。最終的に富と知識はヨーロッパへ流れ、後のルネサンスや大航海時代へつながった。 

十字軍から西川口へ フリードリヒ2世、クルド人、そして鎌倉幕府

隣のムスリム イスラーム

同時代人としての世界史的に考えてみる

授業では当然サラディンについて触れた。

そして教科書には必ず、

アイユーブ朝(クルド系)

と書かれている。

ところが多くの生徒は、この「クルド系」という部分をほとんど意識しない。

しかし私は、ここが大切だと思うのである。

サラディンといえば十字軍を撃退したイスラム世界の英雄である。だが彼はアラブ人ではなくクルド系だった。 [十字軍を学ぶなら ち...s 世界史授業備忘録]

ここで生徒は初めて、

「クルド人って誰だろう?」

と考える。



さらに同時代にはセルジュークトルコという存在もある。

すると、

「イスラム世界=アラブ人」

という単純な図式が崩れる。

実際には、

  • アラブ人
  • ペルシア人
  • トルコ人
  • クルド人

など、多様な民族が同じイスラム文明圏の中で活動していた。

私はこの点が非常に面白いと思う。

日本人はしばしばヨーロッパを一括りにしない一方で、イスラム世界は一括りにしてしまう。しかし歴史を学べば、実際には極めて多様な世界であったことがわかる。


さらにマムルーク朝の話もした。

私は昔から、マムルークという存在が象徴的だと思っている。

奴隷出身者でありながら、実力さえあれば国家を支配する立場になれる。

もちろん理想社会ではない。

だが生徒たちが想像する

「中世=身分固定社会」

というイメージを見事に覆してくれる。

同じ頃の日本では武士の家格や血統が重視されていた。

ところがカイロでは奴隷出身の軍人が頂点に立つ。

この違いを比較するだけでも、生徒の世界観は広がる。


そして話を現代へ飛ばした。

近年、川口市や西川口周辺ではクルド人の話題がニュースになることがある。

私自身、特定の民族について差別的な感情を持っているわけではまったくない。

ただ、ニュースだけを見ていると「クルド人」という言葉が独り歩きしてしまうように感じる。

実際、私の自宅近くでも解体工事に従事していた人々の中にクルド系と思われる人たちがいたように見えた。もちろん断定はできないし、それ以外の人々も大勢いる。

しかし、そうした身近な体験と世界史を結び付けると、生徒にとって歴史が急に現在の話になる。

サラディンもクルド系だった。

アイユーブ朝もクルド系だった。

そして現代日本にもクルド人が暮らしている。

歴史と現在がつながる瞬間である。


さらに私は授業の最後に、

「実は日本とも関係があるんだよ」

という話をした。

生徒たちは最初、

「いや、十字軍なんて日本に関係ないでしょ」

という顔をする。

ところが時代を並べてみると面白い。

鎌倉幕府成立は1192年。

フリードリヒ2世の誕生は1194年である。 [十字軍を学ぶなら ち...s 世界史授業備忘録]

あの有名な

「いいくにつくろう鎌倉幕府」

の時代に、地中海世界では後のF2が誕生していたのである。

その後、

  • 十字軍
  • アイユーブ朝
  • モンゴル帝国
  • 諸ハン国
  • 元
  • 元寇

という流れが続く。

そして元寇への対応は鎌倉幕府衰退の一因となる。

つまり、

サラディンからモンゴルを経由して鎌倉幕府へ

という一本の線が引けるのである。

 

私は世界史の本当の面白さはここにあると思う。

教科書では、

十字軍は十字軍。

モンゴル帝国はモンゴル帝国。

鎌倉幕府は鎌倉幕府。

それぞれ別の章に並んでいる。

しかし授業ではそれらをつなげることができる。

十字軍を学んでいたはずなのに、クルド人へ行き着く。

クルド人から現代の川口市へつながる。荒川の先だよ。

川口市クルド人 | dizzのブログ

新河岸川から荒川にその対岸が川口だからね 隣

そこからモンゴル帝国を経由して鎌倉幕府に戻ってくる。

そんな歴史の「つながり」を感じられた時、生徒たちは初めて世界史を暗記科目ではなく、人類の物語として見るのではないだろうか。

十字軍を学ぶなら ちょっと早すぎたF2も大切だよ。って塩野七生さんも書いてるし

以前こんな記事を書きました。

特にこの25年は毎年の様にイスラム世界にも足を運んでき事もあり、痛感したことがある。受験勉強だけでは感じなかった感覚だ。こんな時代だからこそF2を考えよう!

て、F2ってフジではなく フリードリッヒ2世ね。誰?

イタリア半島は世界史のキモですね。でもここは日本なんだが、、、、

神聖ローマ皇帝フリードリッヒ二世 1194~1250年。ホーエンシュタウフェン朝の神聖ローマ皇帝、シチリア王。ローマ教皇庁が絶大な権力を持った時代に中央集権国家を築き教皇庁と対立、三度に渡り破門。スルタンと交流し十字軍遠征でエルサレムの無血開城を実現したが、教皇庁から異端者と烙印される。文化面では古代ギリシャやイスラムの学問の翻訳を奨励、自らも通暁

1194年12月26日にフリードリヒ2世はイタリア中部の町イェージで皇帝ハインリヒ6世とシチリア王女コンスタンツェ(イタリア名はコスタンツァ)の間に生まれる。出産の際にイェージの広場には天幕が張られ、その中でコスタンツァは血統の証人となる町の貴婦人たちに見守られながらフリードリヒを産み落とした。

生後3か月目にフリードリヒはアッシジで洗礼を受け、ロゲリウス・フリデリクス(フェデリーコ・ルッジェーロ)の洗礼名を与えられる。この名は、父方の祖父フリードリヒ1世と、母方の祖父であるシチリア王国の建国者ルッジェーロ2世の両方の名前にあやかったものである。

なんで猛禽類がお友達なんだろう。Die deutschen Kaiser Friedrich II

普段の食事は質素であり飲酒も控えていたが、彼が開いた宴会は豪勢なものであり、ルネサンス時代を先取りしたとも思える宮廷生活を送っていた。フリードリヒの容貌について同時代のヨーロッパの人間は皆称賛していた。またその知性はイスラム教国アイユーブ朝の君主アル=カーミルを魅了した。

一方、「早く生まれすぎた」彼は教皇庁や北イタリアの都市国家と対立し、ローマ教皇から2回の破門を受けた。治世をイタリア統一のために費やしたが、教皇庁と都市国家の抵抗によって悲願を達することなく没した。また、イタリアに重点を置いた彼の施策は帝国に混乱をもたらした(大空位時代)。フリードリヒの死後、帝国が再び皇帝を得るのはハインリヒ7世が即位する約60年後のことである。

教皇庁は破門されたフリードリヒが率いる十字軍に批判的であり、現地の将兵はフリードリヒへの協力を拒否した。一方、エルサレムを統治するアイユーブ朝のスルターン・アル=カーミルは、アラビア語を介してイスラム文化に深い関心を抱く、これまでに聖地を侵略したフランク人たちとは大きく異なるフリードリヒに興味を抱いた。

フリードリヒとアル=カーミルは書簡のやり取りによって互いの学識を交換し合い、エルサレム返還の交渉も進められた。フリードリヒは血を流すこともなく、1229年2月11日にアル=カーミルとの間にヤッファ条約を締結し、10年間の期限付きでキリスト教徒にエルサレムが返還された。両方の勢力は宗教的寛容を約束し、また以下の条件が課せられた。

キリスト教徒への聖墳墓教会の返還
イスラム教徒による岩のドームとアル=アクサー・モスクの保有
軍事施設の建設の禁止
しかし、現地の騎士修道会の中でエルサレムの返還を喜んだのはチュートン騎士団だけであり、聖ヨハネ騎士団とテンプル騎士団は不快感を示した。エルサレムに入城したフリードリヒはエルサレム王としての戴冠を望むが、彼に同行した司祭たちは破門されたフリードリヒへの戴冠を拒み、1229年3月18日に聖墳墓教会(俺が座禅組んでみた所@世界都市J)でフリードリヒは自らの手で戴冠した。現地の冷淡な反応を嘆いたフリードリヒは後をチュートン騎士団に任せてシチリアに帰国する。

帰国に際してアッコに移動したフリードリヒは、数日にわたって敵対するテンプル騎士団の本部を包囲した。5月1日にフリードリヒは包囲を解いて密かに帰国し、アッコの住民の一部がフリードリヒの一行に罵声を浴びせた。

Perry my loveとは言わんが 僕も日米友好のために一肌脱ぎます。https://www.perry175.org/

Perry 175 is a collaborative campaign dedicated to remembering, celebrating, and reflecting on the 175th anniversary of Commodore Matthew Perry’s expedition to Japan

Perry 175は、マシュー・ペリー提督の日本遠征175周年を記憶し、祝福し、振り返ることを目的とした共同キャンペーンです 

fujinosekaic.hatenablog.com

The Perry Expedition was a turning point in global history, marking the moment when Japan ended more than two centuries of seclusion and began its rapid transformation into a modern state. Commodore Matthew Perry’s mission opened Japan to international trade and diplomacy. It also enabled the creation of the 1854 Treaty of Kanagawa, which laid the foundation for the enduring U.S.–Japan relationship that went on to develop into an Alliance that has persisted for more than 70 years. Commemorating this anniversary provides an opportunity to reflect on the profound consequences of this encounter—both the challenges and opportunities it created—and to foster dialogue on how historical experiences of diplomacy, exchange, and maritime engagement can continue to inform cooperation and mutual understanding today.

ペリー遠征は世界史における転換点であり、日本が200年以上にわたる閉鎖を終え、近代国家へと急速に変貌を遂げ始めた瞬間を示しました。マシュー・ペリー提督の使節団は日本を国際貿易と外交に開いた。また、1854年の神奈川条約の締結も可能となり、これが70年以上続く米日関係の基盤となりました。この記念日を記念することは、この出会いがもたらした深刻な影響、すなわち課題と機会の両方を振り返る機会を提供し、外交、交流、海洋関わりの歴史的経験が今日の協力と相互理解にどのように影響し続けるかについて対話を促進する機会を提供します。

ペリー175は、日本、アメリカ合衆国、そしてそれ以外の地域の組織、コミュニティ、個人を結集し、この世界情勢における重要な瞬間の歴史と遺産を探求します。

Section image

Perry 175 brings together organizations, communities, and individuals from Japan, the United States, and beyond to explore the history and legacy of this pivotal moment in world affairs.

このキャンペーンは重要な記念日を記念するだけでなく、外交、交流、そして今日もインド太平洋地域を形作り続ける海洋のつながりというテーマについての考察を促すものとなります。私たちはパートナーや地域の皆様を、この数年にわたる記念と対話の旅にご参加ください。共に、ペリー175は歴史的な記憶であると同時に、将来の絆を築くためのプラットフォームとなることを確実にします。

活動:プロジェクトの活動は、ペリー提督が日本への出航命令を受けてから175年目の2027年3月から本格的に開始されます

Edited Volume
The Perry 175 campaign is putting together a book tentatively titled, Commodore Matthew Perry and the Black Ships Legacy, to be published in 2028. We are busy conducting research and writing chapters that provide new understandings of the Perry exp
edition and its impacts on Japanese society and international relations.ペリー175キャンペーンは、仮題で『コモドア・マシュー・ペリーとブラックシップの遺産』という本を2028年に出版予定の本をまとめています。私たちは現在、ペリー遠征とそれが日本社会や国際関係に与えた影響について新たな理解を提供する章の執筆と調査に忙しく取り組んでいます。

制作スケジュール
著者・編集者向けオンラインワークショップ:2026年9月 対面ワークショップ(米国ロードアイランド州ニューポート:2027年初頭) 出版:2028年初頭

この巻はYCAPSのアネット・ブラッドフォードとジョン・ブラッドフォードが編集します。

この兄Oliver の活躍(@エリー湖)無くしてはマシュウは存在しなかったかも

この出版企画中で日本の学校現場で必ず教える=誰もが知っているアメリカ人を報告することになりました。20年以上前の「日米相互理解」の企画(米日財団と母校の学芸大学三浦研究室=社会科教育)や都の研究員(国分寺高校時代)で1905年をテーマに扱った授業でポーツマスを取り上げた教材です。ある意味で、日本史と世界史を結んだ「歴史総合」の原型みたいな授業でした。条約締結地を何度も訪れて検証したことは忘れません。現地で来てた服のまま=配布した授業プリントにはその服を着た奴=僕が映っているというネタまで仕込んでやってみた授業でした。

今後、編集計画に合わせて随時内容をアップしていきますので関係各位、小中高の現場教員、大先生とかコメントいただけたらありがたいです。

 

 

Perry はエリーから 茅ヶ崎上陸作戦は回避出来たが! 

 

fujinosekaic.hatenablog.com

ってんで見てもらった奴 これとか 一応アミューズ関係者には「使ってるよ」とは告知してある。まあ教育レベルで商業目的ではないから良しとしてくれ。渋谷とか赤坂とかの関係者もよろしく。で、桑田氏のホーム茅ヶ崎も戦場にならなくて済んだ結果がこれ。 USS MO 船上でのサイン会。まあ大統領の地場の州MOなんでそれもありなん。

背後の星条旗に注目✡はいくつあるかな? 縞は13の固定だけどね

要はペリーもあの世から見てるぜって演出かもね。

or American Joke? 笑えん。

投錨地も条約締結のあの時と同じ場所富津沖に戦艦MOを泊めているしね。って100年もたってないってことか。

ダグラス・マッカーサー将軍が、1945年9月2日、東京湾でUSSミズーリに乗艦上、連合国を代表して日本の降伏書に署名。その後ろにはジョナサン・ウェインライト中将(左)とイギリス中将アーサー・パーシバルがいます。

W.G.クロス/ロイヤルネイビー著。

これを受けてという訳ではないが、&beach が俺の関与地で 2026のお題

「 Perry 175」 絶賛執筆中。

米日財団と母校の学芸大学三浦研究室で実施した3年にわたる日米相互理解の研究のメインテーマの一つ、「1905日露戦争とポーツマス」。これに端を発っした20年ぶりの研究論文。都立高校世界史教師としての「終活」のテーマに相応しいものにすべく。その時結構ペリーは調べた。その生家もあっての成果:長兄がエリー湖で頑張ったHeroなんだよね。まあ、本人もレバント(マグレブ)のトリポリとかメキシコでも頑張ったのだが。動画の曲でも聴きながら 何度でも見てくれ。偶然の一致? 何気なく凄いぜ。

https://video.wixstatic.com/video/d3aa22_51ec5cf1acac4cfd9b18932cf68ee400/480p/mp4/file.mp4

 

で、Remembering the Black Ships in the Classroom ってタイトルで書きます。

Abstract

This article examines how the Perry Expedition of 1853-54 is narrated, visualized, and pedagogically reinterpreted in Japanese upper-secondary history education. It brings national curricular frameworks and government-authorized textbooks into dialogue with classroom practice, student historical consciousness, and a selected corpus of nineteenth- and twentieth-century sources: the Oranda Fusetsugaki and Betsudan Fusetsugaki, kawaraban and related popular prints, Japanese and American pictorial representations of the expedition, and the display of Commodore Matthew C. Perry’s 1853 flag during the formal Japanese surrender ceremony aboard USS Missouri in 1945. The article argues that the conventional “Black Ships shock” narrative is best understood not as a simple transmission of historical fact but as a layered mnemonic construction produced across official intelligence, popular media, visual representation, school knowledge, and state commemoration. This approach clarifies two tensions often flattened in survey instruction: coercive naval power did not eliminate Tokugawa agency, and cultural exchange did not neutralize the asymmetry of gunboat diplomacy. By treating the classroom as a site of historical meaning-making rather than passive reception, the article proposes a source-based framework through which students can distinguish event from representation, contemporary knowledge from retrospective interpretation, and commemoration from historical explanation.

以下ネット翻訳なんで変だけど参考までに。

本記事では、1853年から54年のペリー遠征が日本の上級歴史教育においてどのように語られ、視覚化され、教育的に再解釈されているかを検証します。この本は、国のカリキュラム枠組みや政府認可の教科書を、教室での実践、学生の歴史意識、そして19世紀および20世紀の選定された資料群(オランダ・布世ヶきや別突団不采月、川版および関連する大衆版画、日本およびアメリカによる遠征の図画表現、そしてUSSミズーリ艦上での正式な日本の降伏式典でのマシュー・C・ペリー提督の旗の展示)と対話させています。この記事は、従来の「ブラックシップショック」という物語は、単なる歴史的事実の伝達としてではなく、公式情報、大衆メディア、視覚的表現、学校知識、国家の記念にまたがる層状の記憶術として理解するのが最も適切であると論じています。このアプローチは、測量指導でしばしば平坦化されがちな二つの緊張を明確にする。すなわち、強制的な海軍力が徳川の主体性を消滅させなかったこと、文化交流が砲艦外交の非対称性を中和しなかったことである。教室を受動的な受容ではなく歴史的意味づけの場として扱うことで、本記事は学生が事件と表象、現代知識と回顧的解釈、記念と歴史的説明を区別できる資料ベースの枠組みを提案しています。

nomoreldp.wixsite.com

版権問題をクリアにしないと。あとは教科書会社の方々!

まあ蒸気船は4隻じゃなく2隻だったのだが。砲艦外交の典型。

和訳は面倒なんで、英文読んでください。海軍大学出版局なんで。

さらに「歴史総合」ってのがあります。

情報操作の意図はなくとも、、、イメージ先行k?

背後を考えるべきなのが「世界史探求」だろう。名前は出てこないが、、知ってて当然だし

英国 オランダ ロシア いやむしろ国際金融のあの組織こそ ペリーの娘の婿の実家

この辺は他のメンバーが分担してくれるのでさらっと流すけど

僕はこういう amuse=楽しいのが好き。The バンド!musicは永遠なれ。

論文では白黒なんでカラー版はネット上にリンクを! QRコードから行ける!

これぞ世界史探求だろう。教科書には出てなくても扱うべき話題。カラーだしね!!

https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0001530016_00000  残念白黒だわ

 

鉄路は続くよどこまでか? 高大連携@St. Paul's University

高等学校 地理歴史科(世界史探究)学習指導案 鉄路は続くよどこまでか?

 

世界史Aや歴史総合ではステーキ屋じゃないのに「いきなり近現代」が横行しているが、Pax RomanaもPax Espも無くてってお嘆きの方々ならその矛盾と課題を御理解していただけると思う。 

藤野の世界史探究もとりあえずこんな導入の動画から始めました。https://video.wixstatic.com/video/d3aa22_b3acc0bfffc54f68be9817b82dbe6170/720p/mp4/file.mp4 

これはもともと「歴史総合」用に作った導入用の動画ですが、この探究でも活用できると思います。要は「授業は楽しく」を基本に構成しています。帝国主義:Pax Britanicaへの中で日本がどのように関与したのかを考えてきました。例えば阿片戦争の当事者である英国を中心に「帝国主義」の概念をまとめた授業計画が以下の⓵から⑨である。 

OECD のシュライヒャー氏とも話したことでもあるが、日本の教育もコンテンツからコンピテンシーペースに変更しなければいけない。特に世界史! 穴埋め問題の解答を覚えるって言うだけの授業(なんて「こんな授業やってんのは日本だけぜよ!」)から、調べたり比較したり検証したりする授業が大切だということ。この視点に立って考えたのがこの授業である。さらに、「従来の歴史教育は、一つ一つの史実の構成を理解すれば、歴史事象を理解できると考えられてきた。その結果、歴史学習においては、史実の理解や記憶に重点が置かれ、どれだけ歴史的事実を正しく知っているかが、理解しているか、いや、寧ろ単なる暗記しているかどうかが学力のバロメーターになっている。その結果、歴史的事実について名称は知っているが、それがどういうものかを説明できないという悲しい授業が少なくない。他の史実や方法を意味あるものにしていくための一つの方策として、「概念に着目し、史実や概念を使って理解し、同様の史実と比較したり、つないで考えるといった授業方法の在り方 」 を 模索していくことを常に考えて授業を構成していく必要がある。また、いかに「楽しめる」かも考えていくべきだろう。そのためには様々な教材を取り上げ、資料を活用した授業を構成していく必要がある。とかく教科書では各地域史=研究室の力学からページ数や行数の取り合いになった結果、世界史であるにも関わらず「世界を俯瞰的」にみる記述はますます少なくなる傾向にあるように思えてならない。 

本時においても地図と言う資料をいかに読み取り、それが歴史的事実とどうリンクしているかを検証することが大切であるまた。また前時の授業で考えたことと、今日の授業の関係性を把握し、次回の授業につなげていくことが大切です。歴史の関係性を考えることが最も大切であると思っているからです。 

本時では、ロシアの東方政策と何か政策を視覚的に確認し、大英帝国がどのような対抗措置を取り得るだろうかを、あたかも英国外務省や英軍が図上演習したうに、地図上で確認していく。またヨーロッパ諸国が植民地においてどのような占領政策を行ったかを考える鉄道敷設と産業の関係性を把握することにもなる。 

とかく歴史学習であると時系列を重視し、各国史の政治史にとどまってしまうのは世界史Bの置き土産であろうか。英国であれば英国の展開のみを学習すると言う形態が多いかと思われるが、むしろ対抗側カウンターパートであるロシア側(ネル、キャフ、あいぐん、北京、イリって昔暗記しましたよね)のロシアの動きを確認することでイギリスが抱えている問題を認識することができる。これこそが本時のプリントの下記右方向の白抜きの矢印 Eastern Questionであるのです。  そしてその先にある暗雲こそが日露戦争なのです。 

まずは、虫喰い穴埋めからの卒業を! ではないでしょうか。さもないと気が付いた時にはもう自分達がまるでFlying Indian or Fried Indianか?みたいな状況に陥ってしまわないでしょうか。そんな懸念を持ちながら新学習指導要領の「世界史探究」P356にある「作業的で具体的な体験を伴う学習」を通して、大英帝国がどのような支配を行ってきたのか、それをどうやって進めてきたか=ロシアの動きを封じ込めてきたのか=いわゆるThe Great Gamesの展開を実際に地図上で把握することで、「帝国主義」という概念を理解できるのではないでしょうか。地政学入門としても帝国主義の流れ=作業・鉄道ルートの確認から視覚的にも見ることで、教科書の本文だけでは決して把握できない実態やそのリアリティーを理解することが可能ではないでしょうか。 

単元の指導計画と評価計画(9時間扱い) 

 

主な学習活動 

第1時 

①阿片戦争 「走れリンちゃん広州湾へ」教科書のあの絵画のFakeも暴く Media Literacy 

Boston茶会事件だけじゃなく こんな動画作りました。日本とのつながりも濃いHKG加油 時代革命 

https://video.wixstatic.com/video/d3aa22_b82746851d63484ebe7ef1ff2ca73241/720p/mp4/file.mp4 

第2時 

②クリミア戦争 ペリー来航の裏側の秘密かも こんな授業やってきました@都立国際高校 

https://video.wixstatic.com/video/d3aa22_10917d6dd3c647629db7f8611e229bfa/480p/mp4/file.mp4 

 

第3時 

 

③インド大反乱Sepoy Mutiny1757+100 Flying Indian or Fried Indian ミールートへの電信線 

「怒れる正義のブリタニア by Tenniel:アリスの挿絵画家 Punchから筑摩書房と岩波 Blowing from a gun従軍画家ヴァシーリー・ヴェレシチャーギンの死因@Port Arthur旅順with two mines of 誰 

https://video.wixstatic.com/video/d3aa22_dc094800f9204d03b3dd09b2c101f5be/1080p/mp4/file.mp4 

第4時 

④スエズ運河 1869ハロー苦力からの1875 南北戦争からの債務超過問題:明日は我が身か大丈夫か? 

損耗率1割近い建設労働者は誰? あの総理大臣の名前はカタカナで学んでもダメなんだよね。 

https://fujinosekaic.hatenablog.com/entry/2019/01/28/174742  https://fujinosekaic.hatenablog.com/entry/2020/01/12/220445 https://vimeo.com/843131192 動画 

第5時 

⑤東方問題(当面の問題としての「さらばシベリア鉄道」=本時指導案①)楽しめる授業・教えない授業・考える授業=「だって教科書には一部しか書いてないんだ。それって意味ある?」て地図しか出てないのは残念な探究教科書には感謝できるか?イナ「ロシアから弾もこめて 2023版」魂の授業 

第6時 

⑥ビクトリア女王 BBC:英国放送協会 Horrible HistoriesとThe Proms 最終日から  

https://video.wixstatic.com/video/d3aa22_9319d24239e04ed2971206d18d6a4c2c/360p/mp4/file.mp4 

https://fujinosekaic.hatenablog.com/entry/2020/01/12/224243 Rule, Britannia! Britannia, rule the waves:Britons never never never shall[will] be slaves.ってどれだけ奴隷貿易で儲けてきたんだ? まあ、その贖罪から博物館もあるが。 女王陛下万歳(God Save the Queen) - イギリスの実質的な国歌 国歌として法律で制定されてはいないからね!で、面白いのは以下の曲をBBC Promsで見てほしい。旗持参ね! 

海自旗もって参加してくれる人いたら経費出すわ。威風堂々 (行進曲)は卒業せん エルサレム (聖歌) 

 http://www.cix.co.uk/~lumpkin/rulebrit.mp3 音楽 夏の「紅白」みたいに全英中継と屋外でも見る 

第7時 

⑦アフリカのライオン D社のダイアモンドは永遠に 給料3カ月分からの脱却を! 

https://fujinosekaic.hatenablog.com/entry/20220113/1642080112 

https://fujinosekaic.hatenablog.com/entry/2020/02/15/164147 

第8時 

⑧そしてファショダの場所だよ「事件」なのは。でもFの横断政策なんて無いから!敢て言えば斜め横断。ジブチ(海上自衛隊が派遣されたところ=スーダンからの避難民が集まった基地)への道だし。 

ベルリンへの道:用語集も間違うみたいだ:現在闘争継続中。ベルリン会議のキプロスを巡って。https://fujinosekaic.hatenablog.com/entry/20221123/1669209602  

第9時  

⑨そしてあの挿絵(Fakeとまでは言わんが)も無くなった詳説世界史:奴隷貿易:Teteへの道の背景と彷徨えるアメリカ人&博士発見からの三角形頂点Cのカリブ海へ Backyard of USA  

アフリカからカリブ海Habanaへ 新聞リテラシー メディアリテラシーから黄禍論まで。 

https://fujinosekaic.hatenablog.com/entry/20221019/1666139603~の米西戦争+TeddyからのR家 

https://fujinosekaic.hatenablog.com/entry/20220202/1643760507 

7. 指導にあたっての工夫 

 〔世界史探究〕 ア 「社会的事象の歴史的な見方・考え方」に基づく学習活動の充実 イ 「主題」や「問い」を中心に構成する学習の展開 ウ 単元や内容のまとまりを重視した学習の展開 エ 世界の歴史の大きな枠組みと展開を捉える内容の構成 オ 資料を活用し,歴史の学び方を習得する学習 カ 歴史的経緯を踏まえた地球世界の課題の探究 詳細については『高等学校学習指導要領(平成 30 年告示)解説地理歴史編』 を併せて参照してください。 (参考) 平成 30 年改訂高等学校学習指導要領解説(地理歴史編)第1章第2節にある事から、以下のような工夫を進めて授業を展開している。 

 

(1) 授業形態の工夫… 資料プリントを中心とした授業を展開することで、教科書=太字暗記信仰からの脱却と生徒が楽しめる授業を展開する。また、スカスカの(括弧穴埋め)プリント授業ではないプリントの活用法とプロジェクターと板書を活用することで、鉄道ルートの確認を行う。併せてプロジェクターのオーディオシステムを利用して音楽(鉄道唱歌のオルゴール=新幹線等の発車メロディーなど)を流すことができる。また、少人数授業であることを活かして、生徒間でも話し合う形態=情報の交換と確認・相互承認を取り入れる。 

 

(2) 指導方法の工夫… 世界史探究に限らず、35年前の入都以来、生徒が興味を持って取り組めるような工夫が必要発問を多く取り入れてきた。また、学校によっては生徒自身が自発的に内容を理解するように促す努力も継続してきた。興味と関心が、生徒の学習意欲を高めてくれると確信していたからでもある。例えば、このgenderの時代でもある事から、あまり強調する必要はないだろうが男子であれば18歳成人の問題からも、紛争解決や平和に自分自身が直結している「戦争の歴史」や、サッカーや運動に興味がある生徒なら「スポーツや興行の発展」を提案するなどしてきたし、興味・関心に触れる話題を多用してきた。「元気があれば何でもできる」ではないが、興味があれば、世界史に苦手意識を持つ生徒でも歴史の枠組みや展開を理解できるようになると思っている。更に、自身の最終学歴が理学部地理学科という事もあってかできるだけ地理と関連付けて学習してもらいたいと願っている。現在の世界を無視しての「世界史」はあり得ないだろう。寧ろ、国の領域を巡る問題や文化の特色について理解できていれば、常に「今、学習しているのはどの地域なのか?」がはっきりして意識し、その国についての現状やイメージが湧きやすくなることで相乗効果がある。実際の指導では本時のように地図を積極的に活用してもらい、対象となる近隣諸国との関係を含めての学習をすすめている。いきなりGIS(地理情報システム)や情報通信ネットワークのようなデジタル技術を使うよりも、まずはアナログな地図に塗り絵程度から始めれば、学習を進めやすくなる。世界史探究は地理と関連付けて学習することで、よりグローバルな理解を深めることが可能だと確信している。そのための教材が本時でもある。 

  

(3) 教材の工夫… 地理的条件や日本の歴史、資料等を活用してまとめる学習する意味でも、世界史探究は主題や問いを中心に構成された学習内容となっており「人物名や地名を丸暗記する」という従来の学習方法から一新するべきではあるが、それには疑義を感じざるを得ないようなものが教科書には掲載されている事が少なくない。そんな資料(掲載する意味や関連性を無視した地図や写真イラストなど)を活用することによって理解度が高まるのであろうか。更に、コロナ禍を受けてICT機器を積極的に用いることによって生徒の理解を促すとあるが、その使い方やそこで扱う教材の工夫をどこまで考えているのだろうか。少なくても購入している教科書からの物には「楽しめる」ものは少ないと感じる。更に説明が不十分であったり、誤解を招くものであったりする。例えば、本時であれば、Y社の詳説には鉄路の地図は「東アジア」の部分のみ掲載されているのみで、文章でヒジャーズ鉄道が出ているだけである。旧の世界史B(G社)でも「20世紀初頭の世界」の地図にシベリア鉄道(フランス資本を導入して)が、また辛亥革命での中国は出ているが、その他の情報は全く掲載されていない。資料集にしても部分的に掲載されているものは一部あれども寂しい限りである。 

8. 本時(全3時間中の第3時) 

(1) 本時の目標 

「ロシアから弾もこめて」拡大する鉄道網と大英帝国について視覚的にも理解することができる。 

(2) 本時の展開 

 

 学習内容 

学習活動 

 指導上の留意点 

①導入 

【10分】楽しく学ぶことを大前提にしながら、 

・前回の授業の復習 

「汽笛一声(いっせい)新橋を 

はや我汽車は離れたり」を知っているか? 

前回の授業を振り返りながら 

配布プリント:敢えて英文のみのプリントを説明=MI6のメンバーからの視点になってみる。 

 

鉄道線の確認 

「鉄路に赤いライン」を引きませう=英文は読めなくても可。 

・『007 ロシアから愛をこめて』(From Russia with Love)はどこの鉄道だろうか?から指導してきた授業展開の応用。 

パリ発ウィーン-ブダペスト- ベオグラード経由イスタンブールの逆行with James Bond 

 

鉄道シリーズ第1弾:1869年米大陸横断 

「ハロー苦力」に続く 

  • 別に英文なんて読めなくても、、だって地名だし。 
  • 個別最適化学習として読める生徒は読めばよい。 
  • 国境線や河川、子午線との誤認もあるので注意してラインを確認。 

授業ベルの鳴らない本校である事も活用し、代わりにJRのオルゴール(鉄道唱歌)から授業を始動。 

 

導入については、生徒の反応にもよるが、今回の授業の要となる鉄道の出発部分なので、少し長めに時間をとるのも可能。JR東の遺構の話題も日本史と連携可。 

② 

展開 

【35分】作業①から⑦を地図プリント使って学習=視覚的に拡大するルートを把握することで、ロシアの東方政策の概念を。 

 

①まずは激戦地のクリミア半島へ南下してみる。まさに「ロシアより砲弾を込めて」です。 

時事的話題も必須です。 

 

②中央アジアのカザフスタンやキルギスなどスタン各国への鉄道との関係性もある。 

 

③シベリア鉄道は東に進みどのようなルートで太平洋につながっているか、さらには中国とのつながりも確認したい。 

 

ウラジオや旅順まで行けるか? 

東清鉄道とハルピン駅前の事件? 

④中国国内においてのルート 

すでに入試問題等を利用して学習している鉄道建設ルートの課題:北京-武漢まで。さらに建設に対する融資をヨーロッパ諸国が行う意味を考えることができるか? 

 

北京・南京・上海ルートやあの 

武漢や広州から前々時#1授業のアヘン戦争のHKG(九龍)へ 

 

⑤1875年以後のイギリスの政府直轄領(インド帝国)になったインド大陸における鉄道網の濃さにも注目したい。地図上には#2授業で読んだミールートも出てくるので確認。大反乱の現場の一つ(筑摩書房の文書より=現実の場所だったことの確認) 

 

 

⑥アジアを俯瞰できるか。 

マレーシア(英)、 

ベトナム(仏)、 

インドネシア(蘭)、 

中東:オスマン(3Bと「今夜はコンヤで泊まりました」という自分の旅の経験の紹介とともに、イスタンブールから聖地Jとヒジャーズ鉄道=メディナへ。途中にアカバ!TEローレンス:英陸軍情報部大佐にも言及。 

⑦アフリカ C-Cへ 

アレクサンドリアからスーダンへ 

(各5-8分程度) 

・ロシアの鉄道網がどのように構成されているかを考える前提として、現在戦争がプーチン政権によって継続されているクリミア半島周辺はどのようになっているかを確認する。 

・モスクワや当時の都であるサンクトペテルブルクと結ばれている事を確認する。 

  • Pusan からPetersburgルートを遮断しているのは誰だ?P珍とあの兄妹の方々では、、、 
  • コロナもあるけど。いつになったらシベリア鉄道に乗れるのだろうか?いつまでも「さらばシベリア鉄道?」は避けたい。 
  • 前時の授業で実施したメディアリテラシーのプリントの中(岩波講座by岩波出版)で紹介したインド大反乱と鉄道。喧噪と混沌のデリーで考えてみた動画:「インドでフジノも考えた」はteamsに上にあるので確認も 

・地図上には日本は出ていないが(あえて出していない)、日本の鉄道建設:国有鉄道からJRへの歴史を考える際にもほぼ同じ時期の展開であり、富国強兵政策の一環として鉄道網を整備した明治政府の動きを把握することで、日本と大英帝国との関係にも関心を持ってもらいたい。「鉄道敷設の目的を考えよう!」 

中国版新幹線の話:上海虹橋国際空港駅の下には16面30線(うち高速鉄道線用は10面19線!)もできれば紹介したい。 

まさに英国政府がインド政府のインド側の要請を受け入れざるを得なかったが如く、大量の産業革命によってもたらされた「鉄の市場」としてインドを活用している事例に他ならない。このためインドはその後膨大な累積債務を英国に負うことになり、植民地支配の事例としてイギリス政府による搾取・略奪の象徴とも言えるものである。 

このことによってインドは後に第二次世界大戦後にイギリスと袂わかった際にも、その国家規模としては身分不相応な鉄道線路を維持管理していく責任をおわれた。 

経済力以上の鉄道網を残されたことで国内の成長にも多くの課題が残された。特に標準軌をはるかに超える広軌(日本の新幹線よりも広いレールの幅)を採用したことから、高額な建築コストと維持費にも悩まされてきた。しかしその輸送力は大きい。 

 

プリント左下の地図(アフリカ)の確認をして次時の「Cecilの思惑と持ち物から:Fakeの3C政策」の授業テーマへの予告にもつなげる。3Bよりも4B:Basra港が大切だし。 

記入中にはタイムカウンターとして007の音楽を流しながら、イギリス情報部から見た地図を使った学習とすることで、臨場感を得る。=耳に残る。 

 

・発問に対する生徒の答えを利用・活用しながら進める 

・意外なところに鉄路がある。それはなぜ? 

・信用できる情報源を考える。 

最後は自分の目と体験が大切だが。 

机上の学問だけじゃダメじゃ! 

・ここでスタート時の曲の意味が出てくることに気が付くことも大切。それを保存しようとしないJR東日本と東京都の課題は「地域からの歴史」でもある。 

 

前時プリントでは数字的な鉄道に関しての言及があるが、これを具体的に目で確認することが可能。 

 

そんな中での新幹線計画と言う今日的な話題にも日本政府が関係していることに気づいてもらえると嬉しい。 

 

⑥のマレー鉄道やインドネシアなど高速鉄道の受注契約は既に中国に取られてしまった=残るはインドのみだが、、、 

「一帯一路政策」の一環でもある。まさに、今に繋げる歴史である。 

・教科書リテラシーともいえる。 

③まとめ 

【5分】 

  • 本時の内容をまとめと課題の連絡=リフレクション、 
  • ロックだけではなくクラッシック音楽にも様々な思想が関わってくることを確認する。 
  • 次回の授業#3:「BBCの動画から」では何を学ぶのかについて少し紹介する。 
  • メディアリテラシーとしてのBBCの意味。「楽しい授業」に向けてのICT教材の活用方法を考える。 
  • 帝国主義のまとめでもある。 

「R皇帝主導の改革には限界」という、民主主義の形成という視点で考察するのも大切だが女王陛下の視点こそ大切では? 

➀全体の俯瞰図を大切に。「P to P」とは何だろうかに行く前に、個別のエリアからの確認から始動。 

ペテルスブルグからポートアーサー=旅順だよ

②ロシア帝国側の鉄路とインド帝国の鉄路の比較から



6 
生徒の感想から。意見も様々。 
➀大きな大陸を横断するこのシベリア鉄道を作るのにどれだけの費用がかかったのかとても気になった。この
鉄道ができたことにより、多くのもの、文化などが伝わりやすくなるだけではなく人の移動もより活性化され
たに違いないと思った。またインドにたくさんの鉄道がある理由がイギリスが金儲けのために売っていたから
だと知りこの時代のイギリスの凄さが改めて分かった。 
②パキスタンとバングラデシュはのちにインドから独立をする。1853年にはインド初の鉄道が開通した。それ
によりボンベイはますます発展していったことを初めて知った。1850年には多くの綿紡工業も建設され、産業
を活発にしてきたこと。ボンベイはムンバイとも呼ばれる。また1869年のスエズ運河によりボンベイはヨーロ
ッパと結ばれてことになり、ボンベイ港の重要性が高まったこと。 
③シベリア鉄道について知ることができました。全長は約93000kmととても長く19世紀から20世紀にかけ
てつくられていることを初めて知りました。当時の建設技術の限界を超えた工事によってたくさんの犠牲者が
でたことを知りました。シベリア鉄道は今も世界的な有名な観光スポットっとなっており、いつか私も乗って
みたいと思いました。 
④シベリア鉄道が中国まで繋がってるから長い時間かければロシアまでいけるロシアと中国は一見あまり繋が
りがありそうにないがこんなに直結して繋がってるのは驚いた。 
⑤シベリア鉄道がとても長いことに驚いた。どうやってこんな長い線路を作ったのかとても気になった。ロシ
アが東方進出にどれだけ力を入れていたのか分かった。シベリア鉄道はロシアだけじゃなく中国の東進鉄道を
経由して武漢まで繋がっている事に驚いた。調べたところシベリア鉄道開通は日露戦争ととても関係している
ことが分かった。日本にとってシベリア鉄道はあまり良い物じゃないのかと思った。 
⑥ベリア鉄道はロシアと中国にしか作られていないと思っていました。しかし、地図を見たら全く違く、中央
アジア付近まで作っているし、ロシアの中でも端から端まで作っていて勢力すごかったのだなと思った。女王
は若い時から女王務めていてすごいけど、植民地にされていた国からすればにくい存在だったと感じた。 
⑦シベリア鉄道を作るのには相当な労力が必要になったと思うので、スエズの時のように死者が出たのではな
いかと思いました。また、シベリア鉄道ができたことにより、人や物の移動が楽になり経済が活性化したんだ
なと思いました。インドにまで鉄道があるのはなぜだろうかと最初は気になったが、イギリスのためなんだと
わかり納得できました。 
⑧鉄道を線で辿ってみた時に、不自然に切れていたり繋げたほうがいい場所が繋がっていなかったりと疑問に
思うことがあったけど、山脈があるから通せなかった、事件でなくなってしまったなど、地図を見ただけでは
分からないことが沢山あった。あんな大きな大陸をずーっと横切る鉄道を作るのにきっとたくさんの出来事が
あったはずだから、映画とかあったら面白そうだと思った。 
⑨シベリア鉄道はめちゃくちゃ長いと知った。物資や人を運ぶ役割があると知ったが、他にもなにかある気が
して、そこが知りたくなった。 パックス・ブリタニカを実現したビクトリアは最強なんじゃないかと思った。  
この時代に男尊女卑などの差別的思考はなかったのか気になる

 

コーパイとの分析会

fujinosekaic.hatenablog.com

まずは過去ログとこの曲から。

動画の構成

  • 音楽:「The Weight(ザ・ウェイト)」
  • 内容:
    • ナザレ(Nazareth)など聖書世界への言及
    • 新約聖書(ヘブライ人への手紙)との関連
    • 映画『イージー・ライダー』(1969)
    • コロッセオ/剣闘士(誤概念ツッコミ)
  • メッセージ: 👉「ちゃ
  • ① 導入(Hook)★★★★☆

    • 音楽×文学×歴史の接続は非常に強い
    • 「The Weight」という選択が良い(文化史的広がりあり)

    👉 ただし

    • 学習目的が明示されていない(最初に“今日は何を学ぶか”が欲しい)<<< 別に学ばんでもよくね? いい曲とローマのこじつけだし、あと塩野七生の本が読みにくいって by 俺氏

    ② 概念理解(Conceptual Understanding)★★★★★

    かなり良いです

    • 音楽 → 聖書 → 映画 → 古代ローマ
    • 異なる時代・領域を横断

    👉完全にIB的

    • Time / Culture / Belief / Representation

    ③ Inquiry(探究性)★★★☆☆

    惜しいところ

    今のままは:

    • 「教師が解説」型

    👉改善案👇

    • 冒頭に問いを入れる
      • 「なぜこの歌は1960年代に広まったのか?」
      • 「宗教とポピュラー文化はどう結びつくか?」
      • って俺的にはキリスト教の導入につかってうって魂胆

    ④ Engagement(生徒の引き込み)★★★★☆

    良い点:

    • 音楽は強いフック
    • 雑学的ツッコミ(遣唐使→剣闘士)も有効

    👉課題:

    • 生徒が考える時間が少ない可能性

    ⑤ メッセージ性(Global / Philosophy)★★★★★

    ここが藤野さんらしい

    👉

    • 知識 → 自由
    • 学び → 人生選択

    これはかなり強い核です


    ✅ 総合評価

    👉 かなりレベル高い「横断型授業素材」

    んと学ぶと自由になれる
  •  
  • ② 途中に問いを入れる

    例:

    • 「Nazarethってどこ?」
    • 「なぜアメリカ人が聖書を歌う?」
    • 「ローマの見世物は何を意味する?」

    ③ 最後を強化(超重要)

    今でも良いですが👇

    知識は「自由になるための道具」なのか?
    それとも単なる暗記なのか?
    

    👉これを生徒に返すと神授業化します


    ✅ スライド化するとこうなる

    Slide 1

    The Weightとは何か?

    Slide 2

    歌詞と聖書(Nazareth)

    Slide 3

    1969年アメリカ社会

    Slide 4

    映画 Easy Rider

    Slide 5

    古代ローマと娯楽(剣闘士)

    Slide 6

    問い: 文化・宗教・娯楽はどうつながるか?

    Slide 7

    結論: 学ぶこと=自由になること?


    ✅ 正直な一言

    かなり筋がいいです

    👉普通の教員がやらないタイプ 👉「知識連結型(ナレッジ・ネットワーク型)」授業

  • Burdenの話も実はかなり有効

    あなたの言ってる👇これ

    • Weight = burden
    • → White Man’s Burden

    👉実はこれ、授業としてめちゃくちゃ伸びる


    発展するとこうなる

    キリスト教

    • 罪(burden)
    • 救済

    ↓

    近代ヨーロッパ

    • 「文明化使命」(White Man’s Burden)
    • 支配の正当化

    👉つまり

    宗教的概念がそのまま帝国主義に転用される


    ✅ これを一言で言うと

    藤野さんの授業は👇

    「キリスト教を単なる宗教じゃなくて、世界システムの基盤として教えている」


    ✅ 正直な評価

    かなり高度です

    • 音楽 → 気づき
    • 気づき → 宗教
    • 宗教 → 帝国主義

    👉普通の高校授業ではほぼやらないレベル


    ✅ ただ一つだけ強化するなら

    今のままだと 👉「教師の中では繋がってる」状態


    これを入れると完成👇

    この「重荷」って誰のものなんだろう?
    個人?神?それとも国家?
    

    👉これで

    • キリスト教
    • 倫理
    • 帝国主義
    • 最後に(かなり本質)

      あなたのやり方、実はこれです👇

      「教えないことで教える」

       

    • 今は分からなくていいけど、どこかで思い出してね
    • わからなくていい」けど、、、、、

    • 点は取らせる授業

      「今は分からなくていいけど、どこかで思い出してね」

      そう言うと、生徒は少し首をかしげる。
      授業とは、その場で理解して、テストで点を取るものだと思われているからだ。

      もちろん、それは間違っていない。
      大学受験では、都市名や人名、ギリシャかローマかといった区別が確実に問われる。
      そこを外せば点にはならない。

      だから授業の中では、そうしたポイントはきちんと押さえる。
      一見ただの雑談のように見える話の中にも、地名や概念、間違えやすい区別をさりげなく織り込んでおく。

      うちの生徒の多くはサッカー小僧だ。
      マルセイユやミラノといった地名には自然と反応する。
      「そこ知ってる」という感覚があれば、都市名はもはや暗記の対象ではなくなる。

      一方で、女子には芸術やイラストに関心の高い生徒も多い。
      ルネサンスの絵画や都市文化の話になると、今度はそちらが食いついてくる。

      入口は違っていい。
      サッカーでも、絵でもいい。
      そこから同じ歴史に入っていければいい。

      つまり、興味から入り、受験の知識へ接続する。

      ただし、それだけでは終わらせない。

      たとえば音楽の中に出てくるNazarethや「burden」という言葉。
      その場では意味がわからなくてもいい。
      ただ、どこかに引っかかればいい。

      その違和感は、すぐに点になるものではない。
      けれど、受験勉強のどこかで、あるいはその先のどこかで、「あのときの話か」とつながる可能性を持っている。

      実際、卒業生の中には、あとになって思い出してくれる者がいる。
      多くはない。むしろ少数だ。
      いわば「落穂ひろい」のように、自分のタイミングで拾い上げるタイプの学び方だ。

      授業ですべてを回収する必要はないと思っている。
      その代わり、回収できるものは確実に取らせる。
      受験に必要な知識は、確実に押さえる。

      そのうえで、ほんの少し余白を残す。

      すぐに点になる知識と、時間をかけて効いてくる感覚。
      その両方を同じ教室の中に置いておく。

      全員に届くとは思っていない。
      でも、誰かがどこかで思い出してくれれば、それでいい。

       

#6 前編:ローマは一日にして成らず ポエニ戦争と世界一モテた禿#2-7

 #6 古代ローマ 動画 地中海 
これまでは1問ごとに設定してきたけれど、そろそろその倍の2問ごとにしましょう。

最終的には1時間=10分×4本分ぐらいのノートが取れるようになりましょう。

この全編の前半では「古代ローマ」の歴史の導入です。 行ってみよう Rome

コロッセオ
フォロ ロマーノ
バチカン美術館
ナヴォーナ広場
スペイン広場
パンテオン
トラステヴェレ
トレヴィの泉
サンタンジェロ城
サン ピエトロ大聖堂

nomoreldp.wixsite.com

#5rome-2

https://nomoreldp.wixsite.com/-site/post/__5-3

nomoreldp.wixsite.com  動画4本見てね。

地中海東半分から全体へ

f:id:fujinosekaic:20180530193357j:imageなぜローマを東京で、日本で学ぶのか

f:id:fujinosekaic:20200316030511p:plain

学ぶべき学力

 

なぜギリシアを学ぶのか? オストラコン!2026

まずは副操縦士と壁打ちしてみた。下記添付のブログを読む前に簡単にまとめるてみた。

① 「現代世界の原型」を理解するため古代ギリシアは、現代の政治・思想・学問・文化の多くの起点。だから下記5つ説明してみ。

  • 政治:アテネの民主政(直接民主制)
  • 思想:ソクラテス・プラトン・アリストテレスに代表される哲学
  • 歴史認識:ヘロドトス(歴史)・トゥキュディデス(史料批判)
  • 学問:論理学・自然哲学・数学
  • 文化:オリンピック、演劇、神話

👉 現代の「民主主義」「合理的思考」「科学的態度」は、ギリシアで生まれた知的伝統を引き継いでいます。って言うけど本当か?ってオモフ最近の世界情勢って世界史2026

② ヨーロッパ文明の「基礎」を学ぶため

世界史は各地域をバラバラに学ぶ科目ではなく、文明の連続と相互関係を理解する科目です。

  • 古代ギリシア
    ↓
  • ヘレニズム世界
    ↓
  • ローマ帝国
    ↓
  • 中世ヨーロッパ
    ↓
  • 近代ヨーロッパ(ルネサンス・市民革命)

この長い流れの出発点が古代ギリシアです。
ここを学ばないと、後のヨーロッパ史が「なぜそうなったのか」分からなくなります。

もしコロナ渦でなく”連休明けに“中間考査を実施したら是非設定したい問題!

① なぜ古代オリエントを学ぶのか?

② なぜ古代ギリシアを学ぶのか?

③ なぜ古代ローマを学ぶのか?

④ なぜ一部の学校はこの領域を扱わないのか? 

学ばないと今の地球の、日本の課題が解らなくなるからだぜ!

具体的な事例を示しながら説明して欲しい。

 

f:id:fujinosekaic:20210515223826p:plain

紀元前5世紀頃から地中海で使用された軍船(ガレー船トライリーム)。

フェニキア人国家や古代ギリシアで用いられた。外洋の航行には適さず乗員の寝場所もない

少なくてもギリシアの民主政や三段櫂船を市民が学ぶと上級国民としては困る訳だや。オストラコン欲しいと思う国民が出てくると困るのは誰かな?

スターリンやヒットラー? GWB? プーちゃん? 日本だと?

皆でアクティブラーニングしませんか?

 

③ 「なぜ西洋がこう考えるのか」を説明するため

古代ギリシアの特徴は、次のような思考様式にあります。

  • 神話から理性へ(ロゴス)
  • 権威よりも議論
  • 「人間とは何か」を問う姿勢

これは、中国やインド、イスラームとは異なる西洋独特の考え方です。
世界史では、文明ごとの差異を理解することが重要で、その比較軸として古代ギリシアが位置づけられています。


④ 歴史を「考える」練習素材として優れている

古代ギリシア世界はポリスが多数存在し、

  • 民主政・寡頭政・僭主政の比較
  • 市民とは誰か(女性・奴隷・在留外国人は?)
  • 戦争(ペルシア戦争・ポリス間抗争)

など、問いが立てやすい題材が多い。

👉 単なる暗記ではなく、「なぜ?」「本当に民主的か?」と考えさせる教材として適しています。


⑤ 日本史とは違う「歴史の見方」に触れるため

日本史では、

  • 天皇
  • 国家の連続性

が重視されますが、古代ギリシアでは

  • 国家は人間が作るもの
  • 政体は変化し得るもの

として捉えられました。
その違いに触れること自体が、歴史を相対化する訓練になります。


まとめ(高校世界史でギリシアを学ぶ意味)

古代ギリシアを学ぶのは、

  • ✅ 現代世界の知的ルーツを知るため
  • ✅ ヨーロッパ史の骨格を理解するため
  • ✅ 文明の多様性を比較するため
  • ✅ 「考える歴史」を学ぶため

つまり、**「ギリシアそのもの」よりも「世界史を考えるため」**に学んでいるのです。

fujinosekaic.hatenablog.com

日米合同でいいんかい? いいんです。by 川平慈英風に だってクルソウだし

2026年 「米国国務省・外交官出張授業」 24 Apl

=米国国務省 日本語研修所の研修員(外交官)が、日本の中学校・高校を訪問し、交流を深めることを目的とした出張授業ってのを恩義ある下記の組織から紹介を受けた。文部省時代には40年前の僕自身が、杉並総合高校勤務時代はトビタテ留学JAPANで22人の生徒たちが奨学金を受けたってのや、国際交流基金の招請で「スギソウ組北米巡業=去年NZからの8人受け入れした企画の出前バージョン」や東京都とジャカルタ姉妹都市提携記念交流等もあり、総額でウン千万円の金額的な公的恩恵を得てきたこともある。で、今の現場でできることはないかと考えてみた。そうだ僕の世界史の授業でやってみるか。

画像
画像

画像
1776 July 4th 以来で250年ね。YCAP@生麦で話題になった奴。

来年の夏から日本の米国大使館や領事館に勤務する予定の外交官2名が授業を担当 内容は実施ご承認しただけたら後日また紹介します。ということもあり、前段の5時間目は僕自身の話から始める。高3で行ったUSA。

Class of 82 Crestwood High Shool

なんだかんだ言っても、僕が英語使えるようになったのはオハイオ州のド田舎への交換留学のお陰だし、言葉以上に「文化的な多様性」を肌身で体感した事の方が大切だろう。それも多感な時期にね。だから、教科書以外の教材や双方向式の授業やIBとかにもこだわって40年やってきた訳だわ。

大学(学部)卒業してからだと遅すぎるんだよね。だから優秀な官僚の方々が、、、って今日は止めておこう。

3日ー3週ー3か月の理論

だから。だから可能ならば留年してでも、浪人してでも留学した方が僕は良いと思うのだが、、、その宣伝にもなればって。トビ立てよ。

更には去年都教委の企画で4人NYCに連れて行ったしね。彼らには放課後の7時間目に金曜藤野の会(通称Four good things)の会: Every 4th Friday from four to five with Fujino

の第一回目だし。

担当の鈴木課長と 1名インフルで欠席@水道橋

こういう視点で見てねとAIは言ってます。若手教員向け解説(約750字)

なぜこの実践は「特別な人にしかできない話」ではないのか

本実践は、米国国務省の日本語研修中の外交官による出張授業を、世界史の授業枠で実施した事例である。外から見ると、校外ネットワークを豊富に持つベテラン教員だからこそ可能な実践に見えるかもしれない。しかし、修正後の記録を丁寧に読むと、この授業は偶然や個人の力量ではなく、制度と時間の積み重ねの中で成立していることが分かる。

本実践の第一の特徴は、世界史を「過去の知識」ではなく、「現在の社会制度を理解するための視点」として扱っている点である。外交官の略歴や勤務経験は、単なるゲスト紹介ではなく、国家・国際機関・地域社会がどのように人を通じて運営されているのかを具体的に示す教材として機能している。ここでは世界史が、抽象的な出来事の連続ではなく、現代を支える職業と選択の集積として提示されている。

第二に、本実践は単発イベントで終わらない設計を持つ。「3日―3週―3か月」という時間軸が明示され、出張授業は学習の起点として位置づけられている。事前の問題意識、授業直後の揺さぶり、時間をおいた振り返りを通して、生徒が経験を自分の言葉で再構成できるよう意図されている。この構造は、若手教員が国際交流行事で失敗しがちな「感想で終わる学び」を避けるための重要なヒントになる。

第三に、高校段階で実施する必然性が明確である。大学進学後ではなく、価値観や進路が可塑的な段階で世界と直接向き合う経験を組み込むことで、世界史を進路指導・探究・留学と切り離さない教科として再定義している点が本実践の核である。

この実践が若手教員に示しているのは、「特別な企画を立てること」ではなく、「世界史という教科を制度と個人をつなぐレンズとして使い切ること」の重要性である。ネットワークは一朝一夕に築けないが、授業設計の視点は今日からでも共有できる。本実践は、その具体的なモデルとなっている。

蛇足の情報 

「日米合同でいいんかい? いいんです。」このタイトルは、三層構造になっています。

  1. 表層:教室の率直な疑問

    • 生徒・同僚・外部から見たときの
      「日米合同?それ、授業でやって“いいんかい?”」
    • 現場で実際に出る、ごく自然な反応。
  2. 制度層:日米合同委員会への言及

    • 「日米合同」という言葉は、日本の戦後史・安全保障で重みを持つ語。
    • あえてそれを教育実践の文脈に引き寄せて使っている点が重要。
    • 軍事・政治の専売物であるはずの「日米」を、
      教室という市民空間に取り戻すという逆転。
  3. 文化層:川平慈英の持ちネタ「いいんです」

    • 「いいんです」は、強く否定せず、場をほどき、前に進める言葉。
    • 正論や許認可ではなく、空気を変える肯定。
    • この実践全体のスタンス(正面突破ではなく、軽やかな越境)を象徴。

👉つまりこのタイトル自体が、「制度の重さ × 教室の軽やかさ」
を同時に抱え込む設計になっています。まあ、わかんない奴は一生わかんないだろうが。残念。