fujinosekaic’s 世界史授業備忘録

世界史教員生活30年記念

ふじのくんグローバル人材育成計画=始動指導③オープン Call

今、2024年度=nextはこんな事をTMとともに考えています。あとはMextに書類が。

日本語を専攻する外国人高校生を招致し、日本の高校教員による授業への参加、日本人高校生との交流機会の創出、ホームステイでの生活体験、日本の伝統文化体験を通じた日本文化・社会への造形を深めるとともに、交流に関わる日本人高校生、日本人教員の異文化理解、多様な文化背景を持つ外国人と共に生きるために必要な資質を育む。

って全部これまでやってきた事なんですが、これを考えてみた2月です。以下

課題=時期的&予算的なものもいかにエクセルに再現できるか。 

⓵文科の規定は1か月という実施期間=結構長い=単独の学校だけでは厳しい。

*東京到着後の研修=関東の協力校や教員で対応=2w)

*ホームステイは全国で。TM参加生徒や参加校に協力要請=1W)

状況によっては複数個所でもよい。

*帰国前の東京研修=1W程度)とかあるけど、

②誰がいつ来る、どこから来る=世界中にオープンしよう。

姉妹校や交流校が無い世界中の高校生にも対応。既に交流ある学校等にも声をかける。

いくつかのコアな部分(学校交流やホームステイ)をベースに参加者本位のオーダーメイド=各学校や国の状況に対応する。学期や休暇制度が国や地方・学校ごとに違う。

でも、日本で言う「公欠」にできる学校は多いはず。JETや関係者と確認。

③いつやるか、告知から準備で夏休み企画は厳しい=全国規模で協力校を募るのとその他の準備等を考えると、冬休みと春休みの2回を計画。各15名前後。事前の研修も実施できる。

④ポイント制の導入:貢献度、関与度や負担度を考慮し、その後のTM企画時に優先的な対応をする。教員研修や生徒研修に使える。

⑤内容は既に国分寺・国際・杉並総合で実施しているし、改善点も把握している。

校内の課題もあるが、それは今回関係ない=極力外部でできる。

受け入れてもらった経験も多数あるし。この恩返しをしませう。

こんな経験のない全国の高校生に提供したい。もちろん都立高校生にも!if you want it.

日本国内へ外国人を招聘するインバウンド事業は新規事業となるため実績がない。 これを全国のTM teachers や卒業生たちがサポートすることで弱みを強みに変える =日本側に教育的効果が高し(多分文科もこれを期待) 

6.運営体制   

(1)参加生徒募集、事前オリエンテーション、航空券手配、送迎、日本伝統文化体験プログラム企画運営、日本側協力教員の募集及び日本人高校生募集=タイガーモブ   

(2)日本語授業運営=?最初の10日ほどはオリセン等での研修と新宿から1時間程度の協力校に学校交流をお願いする。都立であれば現在の勤務校:東久留米総合や過去の勤務校杉並総合、国際、国分寺当たりであれば動ける。また、タイモブ経由で関与しているドルトンとか(校長をはじめ僕も知り合い多数いるし、以前別件で「国際案件」を紹介してきた)、横浜とか可能でしょう。   

(3)ホームステイ=? 無償という条件が外れれば、学生会館等の学生寮でのステイなども検討できる?ただし文科的に日本の生活を知るためにはホームステイがマストであるならば、ホームステイ先の開拓が必要。いくつかの高校にお願いしてホームステイ受け入れ家庭を募集することができるかもしれないが、特に東京研修の後に地方での研修(例えば長野とかに移動日を含めて10日ほど組み込めば、現地での学校交流を含めていけると思う。僕が実施してきた都立での姉妹校企画の3校では1週間のホームステイが限界でった=都内の居住環境に課題があった。 

以下は僕の提案

 ① 残りの1週間程度をビシン君と僕ら(杉並総合&国際高校)がお世話になったNPOのNICEが実施している「国内ボランティア活動」に参加する。これは全国で実施しているし、サポートスタッフ含めて多様な選択肢がある。実施する時期次第ではあるが、沖縄から北海道まである。参加経費も安い=ボランティア活動がベースだけど、地域密着型のアクション=活動ができる。できればこれに関与する高校生を帯同させて参加者として一緒に活動すると更に価値が上がる。特に東京から往復の移動時のサポートと現地での活動する時に意味があるだろう。 

② 実施時期、3月(春休みにかかる時期)を想定。夏だと準備ができない。 学校現場としては3月の1週目に卒業式になる。実質生徒が1学年分減る=学年末考査や次年度の準備があるとは言え、多少仕事量が減る。3年担当者や3学年担任は仕事が激減する。春に向けて「心もふわつく」だけじゃなく、心理的にも負担感が減る時期である。事前の調整さへできれば春休みの10日ほどは休める教員もいる=僕。

 ③卒業式と期末テストが終われば後は「時間消化」みたいな授業になるので、この時期に学校交流ができないだろうか。今年の事例だと、3/1から期末考査、3/8が卒業式なので翌週はテスト返却となる。とりあえずの時間つぶし的な企画=セーフティー教室とか地域防災訓練、小論文模試や球技大会だ。もちろん次年度へ向けての準備等もあるが、他の時期からすると閑散期であるのはどこの学校も同じようなもんだろう。そこにこのグローバル企画を織り込めば実現の確率は上がる。 

下記のようなスケジュール(2024年度で想定=推定)では?こんな感じでどうでせうか。 ちなみに北米の大学の例ですが、2025 Spring Break Mar 22–30, 2025になります。 オセアニア NSW州だとAutumn holidays Friday 29 March – Sunday 14 Apri(これは2024なんで2025は多少動く) 文科省奨学金とあれば学校は公欠にする可能性が高いと外人講師もいってました。 

2月末までに来日@Tokyo、以下3月は

 3/1(土)から10日ほどオリエンテーション@代々木オリセンとかに宿泊 日本語研修やります。言語だけじゃなく文化も。都立高校関係者動員します。 授業無いから。年休も取りやすいし。 都立高校の場合、3/7金曜日が卒業式の学校は多いはず。 それ以降でも学校交流はできるだろう。 

3/14(金)辺りに地方ホームステイに移動。往路は東京側の生徒がボランティアでサポート。到着駅か空港でホームステイ側が受け取る。これには卒業した3年生の協力も可能。 初年度はこれまでのTM経験者の協力を得るのも手だと思う。 週末を2回挟む(ここポイント)ことで家庭や地域での企画を体験する。 

3/25(火)までには東京に戻る。 帰国までの残りで国内ボランティア活動もしくは東京観光に充てる。春ならばお花見に浮かれるのもよい。 地方でのホームステイの日程によっては国内ボランティア活動で残りの時間を調整できると思う。

 ④ 同様の日程を12/14からでも行えるとは思う。でも寒いのとお花見ができない。

 ⑤ 文科省の規定が3/31なのでそこまでギリギリ活動できる。 4月に反省会@鎌倉?を実施。 協力者がどれだけいるかだが、とりあえず上限20名ぐらいで募集計画を練りますか? 

仮名称 未来のグローバル日本! Future Global Japan?

始動を指導する②

ということではるか彼方のカナダの話をしてもらいました。そしてなぜに東京へ?

高校時代の2週間の研修旅行がきっかけ。

これを受けて、東京都の次世代リーダー(春子さんよろしく!)や文科の飛び立ってきた話や国際交流基金のJENESYSとかで模索してきた話!ユネスコスクールだけじゃなく

実は20名以上の生徒を杉並総合時代に合格させていただきました。船橋さんたちに感謝してもしきれません。くる総でも再始動しますので宜しくお願い致します。で、こんな動画を前回見せてきた。

更にこの受け入れ企画を計画していきたい wirth TM。文科省の予算があればもっと生徒にも還元できる国内企画。

APUに進学した上水時代の生徒が

業務スーパー奨学金に合格したとの事。感謝!結構買ってますよ業務スーパー で、

始動指導③に続く。

始動を指導する① 

https://youtu.be/yZlQcdezkSM

本日のお題はナポレオンも行けなかった所に行こうの巻。Where?

以下のようなことも紹介せんとす

2 旅行期日  令和6年7月20日(土)~8月6日(火)
3 旅行先   イギリス
4 目的
(1) 交流や研修及び体験をとおして、異文化理解等、国際理解を推進する。
(2) 英語学習の大きな動機づけとして、英語力向上を推進する。
(3) サッカー研修では、他国選手とともに世界基準の指導を受けることにより、サッカーへの理解を深める。
(4) 25歳の自分創りに向け、キャリアデザインの礎とする。

5 日程等 
(1) 出発は羽田空港または成田空港で午前中の出発便とする。(往復直行便とする)
(2) 宿泊はホームステイとして、平日は語学研修や体験学習を設定する。
    7月22日(月)~26日(金)、7月29日(月)~8月2日(金)
(3) サッカー研修は7月22日(月)から7月26日(金)までの期間で設定する。
    サッカー研修は、イングランドプレミアリーグに所属するクラブの指導者による研修とする。
(4) 土日は、イギリス国内観光等を実施し、イギリスの歴史や文化に触れる。
    7月27日(土)28日(日)、8月3日(土)4日(日)
    8月3日(土)4日(日)はロンドン等でホテル等に宿泊する。
(5) 帰国は8月5日(月)出発として、6日(火)日本到着とする。

6 参加人数  
(1) 英語研修のみと英語+サッカー研修の合計数30名を最大定員とする希望者。
(2) 英語+サッカー研修の最大数は20名とする。(原則男子のみ)        
(3) 最少催行人数は10名とする。英語+サッカー研修の最少数は5名程度とする。
(4) 引率教員は2名とする。
(5) 英語研修と英語+サッカー研修それぞれの費用を提示する。

7 宿泊施設
(1) 引率者も含め、全員がホームステイとする。
(2) 受入ホームは、食物アレルギーへの対応が可能なホームのみとする。
(3) 平日の朝食・夕食はホームステイ先で、昼食は学校の食堂等で交流を兼ねて行えるものとする。

どこまでできるかわからないけれどGO!

冬の憂鬱 1/17から冬の稲妻95

定時制に勤務していた95年の冬です。僕もいろんなツテ(BS関西ローバー)をたどって伊丹空港から自転車で入りました。僕らは野営のプロなんで公園に避難しているキャンプ地管理のサポートに入ったわけですが、途中の被災現場や避難場所の高校とかでは写真すら撮ることができませんでした。涙すらでなかった。けど、それより強く印象に残っているのが、行政のサポートより早く動いたのがY組の方々と暖かい県庁や市庁舎。

Chicago, 1931. Free coffee, doughnuts, and soup for the unemployed.  This soup kitchen was said to have been opened by Al Capone. ってやつです。マフィアだよ。

アル・カポネ( Al Capone、1899年1月17日 - 1947年1月25日)は、1899年1月17日、アル・カポネニューヨーク州ニューヨークのブルックリン区にて、イタリアのカンパニア州サレルノ県アングリ出身のイタリア系アメリカ人の家庭に9人兄弟の四男として誕生。父のガブリエーレは理髪師、母のテレーザは裁縫婦であった。アメリカ合衆国のギャング。禁酒法時代のシカゴで、高級ホテルを根城に酒の密造・販売・売春業・賭博業の犯罪組織を運営し、機関銃を使った機銃掃射まがいの抗争で多くの死者を出したことでも知られている。一方で、黒人やユダヤ人を差別しなかったことも伝えられている。

シカゴに関しては以下のリンクも見てね。そしt

そして憂鬱な表情になる理由は?



合従連衡いや合唱祭連携 Power of 民衆 右も左も

なぜかこの時期の行事が合唱コンクールってことで、「合唱」で助手のF君(2年生)がググったら以下のようなんがヒットしたんだよね。これを教室のプロジェクターで共有してたら自分の高校時代を思い出した。歌えるし。まあ別ページでlink開きながらY社の教科書P290~を読んでいきませう。にしても凄いぞ清華大学!THE20位 国家重点大学 

《国际歌》L'Internationale——清华大学中外师生以中文、English、Français、Deutsch、Русский язык、にほんご、Español多语种献唱 - YouTube 清華大(C9)出身者:胡 錦濤,  習近平中国国家主席党総書記

こんな凄い動画作る=まさにプロパガンダだ=ポスターだけじゃないぜ。6万以上View

とりあえず冒頭の映像を説明しておく。

 

どこだよ? P294の写真だよ。漢字に感謝だぜ。北京市のあの天安門広場西側に位置する建築物。全国人民代表大会(国会)に相当などの議場 内部も出てきた。10000席!(万人大会とも言う)HNK渋谷:3600、サントリー:2000、カーネギー:2800、これ以上だとスタジアムかアリーナ?

そして2+2=5の意味を考える。助手君が勝手に斜めのロシア語を直訳してくれる。凄いぞGレンズも。俺ら露西亜語読めねーし。。精華大学には負けたね。ジョージ・オーウェルディストピア小説『1984年』によって知られる。で資本主義には対抗しなければね、、、て計算できないのか?そういういみじゃないけど。根性?いやそれは日本軍だし。

計画経済だからね。どこまで本当か?って今年の共通テスト(2024)にも言及しました。

で、本文読んでください。あとは資料集ね。で、これが中国に拡大する。北京!だ。

でも、その前にこの教科書はよくできている。右ページに資本主義、左ページにコミュニスト。更にフォードとコカ・コーラソビエト時代じゃペプシだけど。KKKの人々も忘れてないし。まあ、トランプ大統領?復活なるのか??って話題予想でしょうか?

2学期最終にJAZZ:Take the A trainの話とガーシュウィンとNYCの話はしてあります。だからPower of Musicの重要性は私的にも指摘してきました。素敵な音楽史

で、中国って訳なんですが、その前に魯迅と藤野先生からの孫中山先生と大隈重信W大先生。その意味ではW大に中国から留学するのって「あり?」寧ろ「ありゃ?」って感じがするのは僕だけだろうか?まあ、その意味では脱亜入欧のF先生も同罪だろうけど。だから民衆の声を聞いた方がいいんだろうけど。Can you here me? Told you!

https://nomoreldp.wixsite.com/-site/post/授業はこうやれ

 

https://video.wixstatic.com/video/d3aa22_b83ad0346d2646bc8fd86c2489cf2fa5/480p/mp4/file.mp4

 

そしてそれは大恐慌へ続くのだ。

でも、ボスはジャージーボーイだし、反トランプだからね。テイラーに連なる音楽家だ。

nomoreldp.wixsite.com

https://video.wixstatic.com/video/d3aa22_5a6c5adcbc43450aab5ca35af51daff8/480p/mp4/file.mp4

 

ユネスコスクール 都立の内輪の愚痴だけじゃないんだけど

ユネスコスクールとは – ユネスコスクール 公式ウェブサイト1人、テキストの画像のようです

先日FBで多少紹介したんですが、長文になるのでこちらで別掲にします。まず良い点。

⓵ whole-school approach

その大切さは僕がやってた時代から訴えてきました。しかし、管理職の姿勢や意識と教員側の動きがあまりにも鈍く、Whole Schoolというよりは、金沢の大会では Whole Fujino Approachって現状を危惧しました。まあ「半分 school approach」ぐらいが限界であった。でもある程度は校内での協力者も確保できたし、動き始めた段階での「強制異動とコロナ」で破綻したわけです。

今回の発表校の都立山崎の状況は、各教科・各科目でのSDGsへのつながりを取り入れた授業や「総合的な探究の時間」の取り組みとして、外部機関の方々や、高大連携大学からアドバイス等を頂きながらSDGs の4番目、11 番目、12 番目へとつながる探究活動を行っているとの事。発表者・担当者がかなり「苦労」されている絵が浮びました。というか、自分が勤務校の「産業社会」の2単位の為にやってきた状況がオーバーラップし。担当者も若手の教員?みたいで心から「頑張って」と応援したかったです。

②学校間・異校種間連携

これは僕の時代は全くなく、援助をお願いできる大学が無かったし、大学側もそんな意識をもっていなかったような状況からすると激変。いや、寧ろ高校の教員や公立高校には予算的な&人的な限界もある中で、大学教員?いやそれよりメンター的な存在としての大学生を活用できればと思っていました。実際、孤立無援の中で、それまで関与してきた卒業生達の協力からもその有効性は実感していました。

また、逆にユネスコスクールは義務制の方が活動は活発であることから、僕らも区内の近隣小学校との連携を画策しました。残念ながら、これも僕の「異動」もあり、コンタクトができた段階までで終了。直接生徒を小学校に送り込むまではできませんでした。その代わりに手島校長の小学校の「国際企画」で僕が通訳しました。インドネシア語や中国語、英語ならば生徒でも可能なのもいたので少し残念でした。でも、ひさしぶりに給食も頂きましたし、初等免許状も持っている身としては楽しい思い出です。

以下はちょっと感じた違和感

⓵ 都立4番目のユネスコスクールとして頑張っている山崎高校ですが、それ以外の3つはどうしてるんでしょうか。少なくても僕のアンテナには引っかかってきません=何かやってますか? 校門とかにマークだけ貼ってるだけですかね? もちろん都立どころか国立大学付属や私学とかもあるので、単純に都立を非難できないけど、、Just Do it!

②  全国規模で会場の箱のサイズもあるので単純ではありませんが、「発表の仕方」がグダグダでした。これは高校生のプレゼンを長く面倒見てきた身としては苦痛でした。世代の違いもあるけれども、高校生の方がもっと「楽しい」発表します。映像だけじゃなく配布資料等にももう少し工夫が欲しかったです。内容がしっかりあるのだからもっと理解が深まったと思います。大学の先生の方も、紹介した動画画像の変換も必要でしょう。少なくてもスクリーンのサイズをちゃんと活用した方が良いでしょう。また、ポスターセッションにももう少し工夫が必要かと思います。学会の発表などでは広まってきた手法ですが、発表の生徒もいることから交通費の負担とかどうしているのかな?都立じゃ自腹か? 校内でもこの程度やってますから。

写真の説明はありません。

③ ユネスコスクールとそこに関与した教員のネットワークの構築は? 

上記のような「愚痴?」を含めて、様々な経験の蓄積はあるはずです。もちろんコロナ禍では何もできなかった3年ですが、そろそろ再始動の時期ではないでしょうか。その意味では学校を取り巻く課題もいろいろあって「ESD/SDGs」だけの問題を扱う訳にはいかないでしょう。ただ、各勤務校の学校単体だと人材的な課題や予算、更に活動したい生徒の数に限界があります。そりゃ教科の勉強・伝統あるクラブ活動に生徒は流れます。教員も教科指導や高体連・構文連とかがくれば逃げられません。いや、社会の関心も「クラブ」の方が切り取りやすいでしょう。でも、大学入試も半数が年内入試にシフトし、総合型選抜に移行してきている中でこのESD/SDGsからの「国際企画」は有効です。単なるお勉強型生徒よりも「伸びしろ」があります=実感してます。そんな経験を活かすためにも、学校間での共同体制を構築して欲しいし、そこに「ユネスコスクール」の縛りはやめて欲しいところです。やる気のある生徒とそれをサポートできる教員のネットワークを構築するうえで、このユネスコスクール全国大会の存在は大きいと思います。まあ、ASPnet が動いてくれないなら自分でやるしかないかな? 文科省もサポートしてくれれば、、、お金じゃなくても良い。少なくても管理職や保護者の協力が得やすくなるので。でも、トビタテにはお世話になりました。船橋さんたちに感謝!

何も海外に行くだけじゃなく、「受け入れ」も大切です。

写真の説明はありません。

 


 

 


  

 

氷雨の1月20日 動画linkに行ってくれると嬉しい。青虫の皆様に拡散希望。

季節外れの海を見つめながら、駒東の駅前で希望の青いジャケットの生徒達を思い出した。もう、マックもお好み焼き屋もつけ麺屋もないけど。

もう二度と会えないと思うと涙だよね。

その後も、青虫たちだけじゃなくても、「明日にはばたく生徒達」を何回も送り出してきた。ある意味僕が夢の中に連れて行って貰った訳だよね。

あれから10数年でこんな事してきました。

https://video.wixstatic.com/video/d3aa22_ff26bd6fd0d7495cb19285c63d44b836/720p/mp4/file.mp4

時の過ぎ行くままに思い出は募ってくる。

まあ僕自身はどこの学校=境遇でも「楽しん」で来たし、これからも I am all right.

だけど、これからも繰り返して言うよ!明日に羽ばたく人生って旅は続くぜ!

だから余計にこころは切ないぜ!

国際高校以後、その手法を応用して杉並総合高校の「国際化」計画や上水高校での「勝手に探究活動」とか、今の勤務校:東久留米総合高校での総合学科の探求活動とか、、、僕にとっての希望の空はやっぱ君ら「青虫たち」だったのだろうか。

で、僕は去年の9月で還暦を迎えた

人生の黄昏の前にして、もう間もなく教員生活の終わりも告げるだろう。

だけど、もう少し暴れるつもりだ。

それもこれも君たち青虫たちとの時代があったことを思いだし、その経験でその後の10年ぐらいを過ごしてきた。これからも=サッカー部付属の都立高校って揶揄される今の学校だけど、何とか彼らをサポートしてあげたいと思っています。

現実はそろそろ学校の壁を越えて何かできないかと模索中です。

よかったら誰かコラボしてくれると嬉しいです。

https://video.wixstatic.com/video/d3aa22_60a77ed8984e45d0ad7608a1699744a7/480p/mp4/file.mp4

苦しくも再会してしまった青虫の人々! このブログ拡散希望ぬ。

こんな事やっていた教員もいるって事。

https://video.wixstatic.com/video/d3aa22_e839fd872b5740f9b92639723a8f57ab/720p/mp4/file.mp4

おかげで2000万円ぐらいの資金は搔き集めてやってきたぜ。でないと都立高校の生徒を海外に送るのは大変なんだよ。

未来の自分の可能性を信じて前に進むしかないしね。

冒険をしなければ何も始まらなしさ。もう僕は若くもないけど。

本日の駒東の駅前より まあ、土曜なんで国際生は少ないけどね。

午前中オリセンでの仕事があったので寄り道してみた8:25分。

f:id:fujinosekaic:20240121142211j:image 

良かったらウチでBBQでもやろう! 
7-8人ならば泊まれるし。

 

あいなき時代の共通テスト世界史分析③ WDCのC

サミットや国際会議で英語の出来ない日本の政治家のコメントをしたけど、この主題も裏を考えると、「よく考えられて」いるなと一人笑いをしながらの解答分析である。もうちっと言うと、「国語」と「国民」と「労働力」があまりにもガチガチになっている日本だと考えられない事かもしれない。でも、既に政府・自民党外国人労働者の導入を規定路線というか、単純労働者を含めて既に国民が知らないところで始まっていたという過去完了形でしょ。更に訳判らない規範意識同調圧力という目に見えない「酷語」と受験「英語」で苦しむ生徒達。コンビニのバイトすら奪われた日本の若者。

ある意味そこに愛はあるのか? 残念ながら日本には「I」は無いのか?I think,too.

自己決定権と未来に希望無き日本には泣きだよ。嫌なら「鎖国か?」って脅しだし。

今年の問題は問題文を普通に読めば知識が多くなくても解答できる傾向が高杉晋作!!

され、出題レベルとしてはこんなんでいいんかい?ってレベルのフランス語訳?だし。

1488年、南緯29度、現南アフリカ共和国のポート・ノロス付近でディアスは、嵐に遭って13日間漂流していた。嵐が過ぎて陸地から離れてしまった事に気付いたディアスは陸地に近付くために東進するが、陸地に到達しない。そのため北上してみると、陸地が西側に現れた。ディアス達は気付かないうちにアフリカ南端を通り過ぎていた事になる。2月3日にモッセル湾(英語版)に上陸。これをもって「ディアスのアフリカ南端到達」としている。

ディアスはアフリカ南端のアガラス岬、南岸のグレート・フィッシュ川を巡り、このまま行けばインドまで到達する事がはっきりした段階で引き返した。これは乗組員の不満を抑えきれなくなったための妥協の結果と言われている。

1488年5月、帰路に喜望峰を発見する。「ディアスの喜望峰発見」とはこの時であり、資料によってはアフリカ南端到達時期と混同されることがある。

リスボンへの帰還
1488年12月、実に16ヶ月と17日に及ぶ(約2030kmの未知のアフリカの海岸に渡る)航海を終えたディアスはリスボンに帰港し、ジョアン2世に成果を報告した。ディアスは当初、その苦難の航程から「喜望峰」ではなく「嵐の岬」(Cabo das Tormentas) として報告していた。だが、東方への道を開くという成果に喜んだジョアン2世が「喜望峰」(Cabo da Boa Esperança) として名前を変えさせた。

その後のディアス
1497年のヴァスコ・ダ・ガマのインド航海に際しては、彼も水先案内人として(しかし確実に従属的な立場で)艦隊に参加し、ヴェルデ岬まで同行している。

1500年、ペドロ・アルヴァレス・カブラルのブラジル探検隊に参加し、ブラジル発見に立ち会うが、帰途の海難事故のため他界。

それにしても本文をちゃんと読めば解答できるって、

今までの反省?への過剰反応?これで予想配点4点?
てか、まだこの段階で「帝国主義」って概念あんのか?

まあローマも「帝国」だが。そんな意識あったんだろうか?

 
これだけ裏金問題by○○党A派は何人逮捕か?でもめている日本なんなんで「必ず裏がある」かと必死に考えたんですが、この世界史なのに「国語」の問題には何にもありませんでした。これまであれだけ日本語を大量に読ませてきた(読んでも解答には関係ない文字だけの嫌がらせ?)センター/共通テスト世界史なんで何かあるだろうと考えたけど、、、、何にもなかった。
ジーパン刑事じゃないけど「なんじゃこりゃ」だわ。南無!
 

共通テスト世界史分析② 夏の「線路は続くよどこまでも」から

 全国の龍っちゃんをはじめ「鉄オタ教員」の方々にはほくそ笑んでいるかもしれませんが、「鉄道ネタ」が出題されています。僕の夏の報告は無駄ではなかったのかも?

で、The Doobie BrothersのLong Train Runnin'でも聞きながらスクロールしてください。

https://youtu.be/m4tJSn0QtME  将にIllinois Central Railroad中西部のイリノイ州(シカゴ=オバマ元大統領の地盤)の鉄道だから。そこに愛があるかどうかは知らんけど。

このOmahaの先にあるのが1869のThe Central Pacific Railroad (CPRR) と

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Illinois Central Railroad 201, a 2-4-4 at the Illinois Railway Museum, Union, Illinois.  

実際出題できいてきているのは、鉄道とはなんも関係のない部分。出題者に鉄道愛は無いのかい?  更にあまり世界史とは関係無いグラフ読み取りが続くよ

で、更に「ロシアより愛をこめて」では「大序曲1812」でも聞きながら見てくれて。

で、ここでイタリアが出てくるわけないよ。007はタチアナとベネチアに逃げたけど。

Wikiよりでも! 1891年に建設を開始し、露仏同盟を結んでいたフランス資本からの資金援助を受けながら難工事を進めた。軌間は1524mm(後に1520mmに改める)の広軌を採用した。これには、「1435mmの標準軌を採用した欧州と同じにするとナポレオンのような侵略者に使われれば脅威になると考えた」「皇帝の招いたアメリカの技術者が広軌論者だった」など様々な説がある。新幹線のレール幅は1435mm=横3+2席です(狭&泣)

アムール鉄道(アムール川北岸の国内線)工事に従事する囚人 1900年代初頭 

スターリン独裁政権により追放された多くの政治犯がこの沿線で強制労働に従事した。 

で、インドを出しながらシベリア鉄道と露仏関係を聞いてくる。でも鉄道を教材にすることで暗に「日本の鉄道戦略の失敗」を示唆しているのだろうか。特に、高速鉄道のビジネスを考える意味でも、また日本のJR分割民営化による地方部分の鉄道政策が崩壊する中で、北海道、東北、そして地震のあった富山・石川県境や静岡県と東海の対立など世界史をやりながら「日本」の安全保障と「食」を考える問題になっているように思えてならない。まさに「悲しみ本線日本海」である。チャイコフスキーを聞きながらより演歌の石川さゆり能登半島」でもちゃんと聴きながらこの地図を見た方が良いだろう。東南アジア諸国に中国のCOPY新幹線が爆走し始めている。流石にマラッカ海峡にトンネルや橋をかけようとまではいかないかもしれないが、まさにインド・太平洋の安全保障と密接に関連している問題を示唆する「さらばシベリア鉄道」かもしれない。

この部分は問題文等をよく読めば解答は簡単ですという出題者のがあるのかも?






共通テスト世界史の陰のテーマを考える。①選挙に行こう

速報版でも載せた通り、この絵が浮かぶかということから1問目は入りました。

更にこんな預言めいた記事(いちゃもんじゃないよ)も書いてたのね 

又Y社教科書/用語集の誤記問題。某B社模試とあのY川出版の罪か? - fujinosekaic’s 世界史授業備忘録

要は政治家(首相)とライバル(国家でも国内でも)の重要性を意図的に問いている=説いていると思うのは僕だけでしょうしょうか。立ってる方も座ってる方もって国際間のでのライバルを象徴しているようです。でも、こんな国際会議で彼らはどのように話し合いをしているのだろうか? 通訳も無く会議ができるって、、、更にここにはまだ日本は出てこないが、、、、、こんな会議に日本の首相が存在?有り得ないですね。今でもサミットでは「入っている」雰囲気だけは出していたり、集合写真では存在をアピールしてけど、、結局蚊帳の外ですよね。未だに通訳無くては雑談すらできないし、、というか実は英語で雑談って難しいんだよ!! 特にバートーク:飲んでる時の会話ね。

で、更に対抗関係:ライバルという部分で出てくるのが「飴と鞭」。飴=社会政策=年金とかがテーマとして出している。だからこの作問者は暗に示唆している? 現状の国内のライバルを消して実質的に「一党独裁体制」いや「一派独裁体制」が続いたこの失われた〇年の中で、「世界一進んだ社会主義国家」と揶揄される日本を「取り戻した」?むしろ某国に「明け渡した」状況を受験生に問いかけているように思われてならない。

更にそれに対して何も運動をしない(できない)教員組織とか校長会とか?ありや?

Good-Bye! Conservative Prime Minister Benjamin Disraeli says goodbye to his political rival, William Gladstone, who was giving up the leadership of the Liberal Party, and not intending to appear much in Parliament during the 1875 sessions. Gladstone had already published a pamphlet challenging the Popes claim to infallibility, and was about to publish a second one defending the first pamphlet against various criticisms it had attracted. (Gladstone would return to politics later.) Date: 1875 G翻訳だけ張っておきます。

さようなら!保守党のベンジャミン・ディズレーリ首相は、政敵のウィリアム・グラッドストンに別れを告げたが、グラッドストン自由党の党首を辞任し、1875年の会期中に議会にあまり姿を現そうとしなかった。グラッドストンは既に教皇の無謬性の主張に異議を唱える小冊子(こういうのもクリスチャンじゃない僕にはよくわからん!大先生とか誰か解説して!!)を出版しており、最初の小冊子が集めた様々な批判から守る2冊目の小冊子を出版しようとしていた。(グラッドストンは後に政界に復帰することになる。日付: 1875 で、人種問題を掘るつもりはないけど当時の英国では絵的に示したのよ。君はBenjaminだって。意味は分かるでしょ。まあ、The ✡ だからね。

Thronjubiläum: Jetzt hat Elisabeth Queen Victoria eingeholt - WELT

で、保守党内で上層部に上り詰めることに成功し、保守党首となり、2期にわたって首相(在任:1868年、1874年 - 1880年)を務めた。庶民院過半数を得られていなかった第一次内閣は、短命の選挙管理内閣に終わったが、庶民院過半数を制していた第二次内閣は「トーリー・デモクラシー(Tory democracy)」と呼ばれる一連の社会政策の内政と帝国主義の外交を行って活躍した。自由党のウィリアム・グラッドストンと並んでヴィクトリア朝政党政治を代表する人物である。でも、そのためにアジアやアフリカでどんだけ犠牲が出たんだ?その後の植民地政策は?更に、庶民の犠牲は?だからこそ選挙は大切なんだよね。だから出題者は「選挙に行け」って言いたいんじゃない?続く米国史ライバル関係(政党と大統領と白人と有色人種)で考える出題です。

出題者の危惧は政権交代や真面目な政治家が欲しい

ということじゃないかな。

さもなくば飴と鞭」どころか鞭だけになるよって。

自国の政治家(売国政治屋=てか国家は実は関係無かった?)に,こんなに甘く見られている国民て無く無いですか?

ちゃんと世界史を勉強せんと鞭の無知か?

でも、暗殺はダメだと思うけど、歴史の必然かな? 寧ろ学ぶべきは「超世界史」かな。

とわ言え、信じるも信じないのもアナタ次第です。以後の部分は別掲にします。